SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 14
風水の真実ザ・有名人占星術映画・Jポップエッセイ私の映画企画私のマニフェスト八道州・七新都市構想ここがおかしい 日本人類の歴史を変える新哲学

HOME(トップページ)

メッセージ

私のプロフィール

メール・コピー等について

サイトマップ

SABOの東京名所写真

  『アフロディーテ』に戻る

○ 佐伯不動産・社長秘書室
  矢吹が入ってくる。そして机の前の秘書(男)に、
矢吹「社長、いる?」
秘書「あの、今誰もお通ししないようにって言われてますが」
矢吹「(変な顏をして)ん?」
  秘書、社長室の方をチラと見て、小声で、
秘書「あの……ちょっと様子がおかしかったんですけど……」
  矢吹、さらに変な顏をすると、社長室のドアに静かに近づく。
秘書「(呼び止め)あの……」
  しかし、矢吹、社長室のドアをそっとあける。

○ 同・社長室
  少しあいたドアの間から矢吹が顏を見せ、中をのぞく。佐伯のすすり泣く声が聞こえる(し
  かし中は見せない)。矢吹、顏をしかめて見つめているが、やがてまたそっとドアを閉める。
                                  (O・L)

○ 同
  社長の机に向かって立っている星。
  しかし、佐伯は机の上でうつむいていて顔が見えない。
星 「で、きょうお(うかが)いしましたのは、ある事実をお伝えするためなんです。別に電話でも差し
 つかえないのですが、この口から直接お伝えしたかったもので」
  応接セットの椅子にかけていた矢吹、
矢吹「前置きはいい。早く用件を言いたまえ」
星 「はい、では言います。ホテルニューパエトーンの株の買占めを完了しました」
  矢吹、やや驚くが、
矢吹「……すべてか」
星 「はい、現在三十六万二千株です」
矢吹「(相好を崩す)はは、やればできるんじゃないか。よくやった」
星 「(うれしそうに)はあ、専務にそう言っていただくと恐縮です」
  二人、机の前の佐伯に注目する。
  先ほどからうつむいていた佐伯、しばらくするとゆっくりと顔を上げる。
  が、まるで夢から覚めきってないような虚ろな表情である。
  それを見た矢吹と星、怪訝そうな顏をする。
佐伯「(なかば上の空でつぶやくように)……そうか、よくやった……矢吹、詳しいことは聞い
 といてくれ……きょうは気分が(すぐ)れないから、もう帰る」
  そう言うと、よろよろと立ちあがり、少しフラつきながら出てゆく。
  矢吹、星とともにそれを変な顏をして見ていたが、立ちあがると佐伯のあとを追って秘書室
  へ出る。

○ 同・廊下
  秘書室から出てきた矢吹、去ってゆく佐伯の後ろ姿を怪訝な顏をして見送っている。が、目
  を伏せると考えこむ。
  その矢吹の顔に、次のシーンの佐伯の荒い息づかいがダブる。

○ 夜の山脈(夢・モノクロ)
  空には無数の星が(またた)いている。黒々とした山脈の一つの(いただき)に、佐伯が()いながら登ってくる。
  ヨレヨレのスーツを着てネクタイを締め、苦しそうに息を切らしながら、ようやく頂上にたどり着く。
  そして呼吸を静めると、天に向かって話しだす。
佐伯「二十年かかってようやくここにたどり着きました。この二十年の苦しみも、すべてあなた
 に会うためです。さあ、どうか私の前にその姿を現してください」
  しかし、何の返事もない。
佐伯「(必死に哀願する)さあ、どうかお願いです。一目でいいからその美しい姿を見せてください」
  天から美紀の声が聞こえてくる。
美紀の声「女神が人間に姿を見せることはできません。それにあなたにとっての二十年は、私に
 とっては、ただの二十日にすぎないのです」
  佐伯、その言葉に大きな衝撃を受け、ガックリと(ひざまず)き、うなだれる。
佐伯「それなら私を殺してください。もうこれ以上苦しむのはたくさんです。あなたに殺される
 なら本望です」
美紀の声「……あなたに一つだけ希望をあげましょう」
  佐伯、ハッとして顔をあげ、
佐伯「……何ですか」
美紀の声「後ろをご覧なさい」
  佐伯、おずおずと後ろを振り返り、おもむろに立ちあがる。
  遥か遠くに恐ろしく高い山が(そび)えている。
  佐伯、その方に数歩近づく。
美紀の声「これからあの山の頂上まで行きなさい。そうすれば、あなたの願望はすべてかなえら
 れます」
佐伯「……はあ……しかし、あの頂上までは一体どれくらいかかるんですか」
美紀の声「二百年です」
佐伯「(愕然(がくぜん)とする)二百年……」
美紀の声「そうです。あと二百年苦しみなさい。二百年、私を愛しつづけなさい。そうすれば私
 はあなたのものになりましょう」
佐伯「(呆然(ぼうぜん)として、つぶやくように)……二百年……あと二百年耐えればいいのですね」
美紀の声「そうです……では、二百年後にあの山の(いただき)で待ってます。いいですね」
佐伯「(力なく)……はあ……」
  ぼんやりと佇んでいる佐伯、再び例の山に目をやる。
  その山の頂は星空を突き抜けるようだ。
  佐伯、それを見ているうちに激しく動揺し始める。そして天に向かって泣き叫ぶように、
佐伯「待ってください。やはりだめです。二百年はとても無理です。気が遠くなります」
  佐伯、狂おしい絶望の表情で天を見あげている。

○ 佐伯邸・寝室(夜)
  ベッドの上で目を覚ます佐伯。一瞬、恐ろしげにあたりに目をやるが、徐々に荒い呼吸を静
  め、気を落ち着かせる。が、やがて、どうしようもない虚しい気持に、次第にその顔が(ゆが)
  でゆく。

○ 同・執事の部屋(夜)
  ベッドで眠っている執事。
  部屋の外からかすかな音が漏れてくる。
  何か人間のうめき声のようである。
  目を覚ます執事。その音に気づき、ハッとして耳を澄ます。
  ベッドから出ると、ガウンを着てドアをあける。

○ 同・執事の部屋の前の廊下(夜)
  部屋から出てきた執事、顏をしかめると、うめき声のようなものが聞こえる方へ行く。

○ 同・寝室の前の廊下(夜)
  執事、急いでやってくる。寝室の中からうめき声が聞こえている。
  ドアをあける執事。

○ 同・寝室(夜)
  執事、ベッドの上の佐伯を見て、愕然として佇む。
  佐伯はうめき声をあげながら頭をベッドに連続して叩きつけていて、それをいつまでもやめ
  ようとしないのである。
執事「旦那様……」
  と佐伯に走り寄る。
執事「旦那様、いったいどうなさいました」
  そう言って執事、佐伯の上体を起こそうとする。が、その佐伯の顏を見ると、思わず後ずさ
  りする。
  苦悩に満ちた凄絶な表情に恐れをなしたのである。
佐伯「(喉の奥から絞り出すような声で)蝋燭(ろうそく)だ。……蝋燭の準備をしてくれ」
執事「……は、はい、ただいま」
  とあわてて身を(ひるがえ)すと、部屋から飛び出してゆく。
  ベッドの上にガックリと頭を垂れる佐伯。
                                  (O・L)

○ 同・「蝋燭の間」の前の廊下(夜)
  ガウンを着た佐伯が、夢遊病者のように歩いてくる。
  「蝋燭の間」の前には執事がドアをあけて立っていて、その左半身は部屋の中から漏れる明
  るい光に照らされている。
  佐伯が部屋の入口の前に立つと、その意識のはっきりしないような顏を、蝋燭の明かりが浮
  かびあがらせる。
  ゆっくりと中へ入る佐伯。ドアが執事によって閉じられる。

○ 同・蝋燭の間(夜)
  光の洪水の中に佇んでいる佐伯。

○ 同・「蝋燭の間」の前の廊下(夜)
  こちらに背を向けて「蝋燭の間」のドアに向かって立っている執事。しばらくしてこちらへ
  向き直る。すると、佐伯を哀れんで目に涙を()めている。が、部屋の中を気づかいながらそ
  の場を去る。

○ 同・蝋燭の間(夜)
  数十本の金銀の燭台に立てられた燦然(さんぜん)たる光を放つ蝋燭の林の間を、佐伯は進んでゆく。そ
  して、その部屋の一番奥の壁を注視する。
  そこにあるのは、様々な装飾を(ほどこ)した額に入っている大きく引き伸ばされた五枚の写真であ
  る。そしてそれは昔、二十年前に佐伯が公園で撮影した美紀が写っているものだ。
  蝋燭の揺れる炎が、それらの写真と虚ろな佐伯の表情を照らしている。その一枚一枚に見入
  っている佐伯は、そこで美紀を見られるのが、地獄の中での唯一の慰めのようである。
  佐伯、やがてその前にひざまずく。
                                  (O・L)

○ 同・ダイニングルーム
  朝食を取っている佐伯。しかし、しきりに何か物思いにふけっていて、ときたま機械的に食
  べ物を口に運ぶにすぎない。急に何かを思いついたような表情になり、食事をやめる。そし
  て盛んに宙に視線を泳がす。
  家政婦がコーヒーを持って入ってくる。
  佐伯、クククと気味の悪い笑い声を出すと、テーブルの上に徐々にうずくまるようにする。
  家政婦、驚いて後ずさりし、思わず盆の上のコーヒーカップを落としてしまう。
  そのガチャンという音に佐伯、びっくりして家政婦を振り返る。そして、あっけにとられた
  ような顔で、家政婦と割れたカップを見比べる。が、(おび)えている家政婦に気づくと、やっと
  我に帰ったようにため息をつき、
佐伯「いや、驚かせて悪かった。……ある考えが浮かんだんだ。……非常にいい考えだ。……
  (家政婦を見て)浜田さん、長い間ご苦労だった」
家政婦「……私に何か落度が?」
佐伯「いや、そうじゃない。あなたはここにいてもらう。……ただ、この家の持ち主が変わるんだ」
  と部屋を見回す。
家政婦「?……」

○ 佐伯不動産・社長室
  ドアがノックされ、矢吹が入ってくる。が、やや怪訝そうな顏をする。佐伯が机の前でなく、
  応接セットにゆったりと腰かけているからである。
佐伯「(人ごとのように)やあ、おはよう。その後どうだい、例のホテルのほうは」
矢吹「何を呑気(のんき)なことを言ってるんだ。大変なのはこれからなんだぞ。やらなければならない仕
 事は山ほどあるんだ。わかってるだろう」
佐伯「ああ、そうだな」
矢吹「残り株を譲り受ける交渉もしなくちゃいけないし、ホテルの経営の基礎がためも急がなけ
 ればならない。それに、さっきから新聞記者が記者会見しろって押しかけてるんだ」
佐伯「ああ、みんな君の好きそうな仕事じゃないか」
矢吹「(妙な顏をして)……何だって」
佐伯「(ため息をつき)……僕はもうやめることにしたよ、ここの社長を」
矢吹「(顔をしかめ)何?」
佐伯「いや、社長だけじゃない。今まで築きあげてきたものを、すべて投げ出すことにした。……
 つまり、僕は全財産を原田美紀に贈与する」
矢吹「(唖然として)……なぜ」
佐伯「『なぜ』?……『なぜ』か(ふふと笑う)……なぜと言われてもね。ま、とにかく、僕に
 はもうそれしかないんだ、選ぶべき道が。……その代わり僕を彼女の奴隷にしてもらう」
矢吹「(顔をしかめ)奴隷?」
佐伯「ああ、つまり彼女に仕えるのさ。そうすれば、毎日彼女を見、彼女の声を聴くことができ
 る。もちろん、生涯彼女には指一本触れやしない。……彼女から死ねと言われれば、死ぬ」
矢吹「……趣味の悪い冗談はよせ」
佐伯「(薄笑いを浮かべ)冗談だと思うか」
  矢吹、顏をしかめると、まじまじと佐伯の顏を見つめる。
矢吹「……いったい何があったんだ。……まさか彼女にしたんじゃあるまいな、愛の告白を」
  佐伯、薄笑いが消え、険しい顔になる。
矢吹「……やっぱりそうなのか」
  佐伯、立ちあがると、矢吹から離れ、
佐伯「とにかく僕はやるよ、そう決めたんだ」
矢吹「そんなことを彼女が承諾すると思うか」
佐伯「そりゃあ初めは驚くだろうし、断るだろう。しかし悪い気はしないはずだ。この国で五本
 の指に入る金持になるんだから」
矢吹「……この会社はどうするつもりだ」
佐伯「あとは君にまかせるよ。君にはとうていこの会社をわが国最大の不動産会社にすることな
 どできんが、何とか現状維持のままやっていけるだろう。もっとも、株の九十四パーセントは
 彼女のものだが」
  矢吹、ため息をつくと、佐伯に近づく。
矢吹「佐伯、少し冷静になって考えてみるんだな。彼女には夫がいるんだぞ。そんなことを認め
 ると思うか。それにマスコミはどう思う。面白がって、あることないこと書きたてるぞ」
  佐伯、不快そうに矢吹から離れる。しかし矢吹、再び佐伯に近づき、
矢吹「彼女が受ける迷惑を考えてみろ。そんなことをしたら、結局、彼女を不幸にするだけだ。
 今の彼女の幸福を壊すんじゃない。……そっとしといてやれ……愛しているなら」
  佐伯、苦悩に顏を歪ませる。が、矢吹を見つめると激しい口調で、
佐伯「じゃあ、いったいどうすればいいんだ。これからどうやって生きていけばいいんだ。二十
 年間苦しみ続けて、またこの苦しみだ。それなのに幸福を求めてはいけないのか」
  矢吹、哀れみのこもった眼差しで佐伯を見つめている。
  佐伯、耐えきれず、身を翻すと外へ飛び出してゆく。
  目を伏せ、考えこんでいる矢吹。
                                  (O・L)

○ 佐伯邸・書斎(夜)
  机の引出しからピストルを取り出す佐伯の手。弾倉を装填する。
  絶望の表情で宙を見つめている佐伯。おもむろに銃口を自分の頭に近づけようとする。
  突然、ドアをノックする音。佐伯が返事もしないのにドアがあき、執事が入ってくる。
  佐伯、とっさにピストルを持った手を上着の内側に隠す。
  執事、夕刊を手に持ち、ひどく動揺して佐伯に近づきながら、
 「旦那様、大変です」
  と佐伯の前に夕刊を差し出す。
  その記事を見た佐伯、愕然としてピストルを床に落としてしまう。
  執事、驚いてそのピストルと佐伯の顏を交互に見る。
  佐伯、新聞を手に取ると必死に読む。次第にその顔は引きつり、手はブルブルと震えてくる。
  やがて、燃えるような眼差しで宙を見つめる。
                                  (O・L)


 『アフロディーテ』に戻る  シナリオ『アフロディーテ』15に進む  このページのトップに戻る