SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 7
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○ 公園前の道
  佐伯と矢吹、やってくる。
  雪の積もった公園を眺めた佐伯、ハッとして立ち止まる。そして、おもむろにフェンスに近
  づく。
  二十メートルほど離れた所に、数人の男女が集まっている。そして、その中の一人は、まぎ
  れもなく美紀である。
佐伯「(つぶやく)彼女だ……」
矢吹「(変な顏をして)彼女って?」
  佐伯、カメラを見て何か考えると、決心したように公園に入ってゆく。
  わけがわからないままあとに続く矢吹。

○ 公園
  美紀のほかに、女A、女B、男A、男B、男Cがいる。みな二十歳ぐらいか、それ以下であ
  る。
  ベンチの上に空き缶を数個並べ、男Aが離れた所から雪つぶてを投げて、当てようとしてい
  る。そして、それを皆が囲み、見物している。どうやら交代でゲームをしているらしい。
  佐伯と矢吹、やってくる。しかし、皆ゲームに熱心で気づかない。男Aが一回投げるごとに、
  「はずれ」とか「お、うまい」とか回りから声が飛ぶ。美紀もそのたびに笑ったり、少し体
  をよじったりして反応している。
  佐伯、その美紀の横顔を、目を輝かせて見つめている。そして、矢吹に目で彼女を示す。矢
  吹が美紀を指さして確かめると、佐伯はうなずく。すると矢吹、好奇心をありありと見せて、
  何回も首を縦に振る。
  佐伯、美紀に近づき、
佐伯「あの……」
  美紀、佐伯を振り向く。
佐伯「こんにちは」
  美紀、驚きの表情から笑顔になり、
美紀「……あ、きのうはどうも」
佐伯「きょう、さっそく写真を撮ってきました。非常に珍しい写真を」
美紀「はあ……何をお撮りになったんですか」
  佐伯、一瞬、何と答えるべきか考えるが、
佐伯「……できた写真を見れば、わかります」
美紀「はあ……あの、よかったらフイルムをお預かりしましょうか」
佐伯「ええ……でも、まだ何枚か残っているので」
美紀「あ、そうですか」
 「美紀ちゃん、次だよ」
  という男Bの声に、美紀、振り返る。
美紀「はい」
  と言って、雪つぶてを投げる位置へいそいそと行く。そして雪つぶてを作ると、微笑して皆
  を見回す。
  佐伯、矢吹と目を合わす。矢吹は微笑するが、佐伯はすまして視線を美紀に戻す。
  美紀、一回目を投げるが外れる。大げさにがっかりする。二回目を投げる。けれどもまた外
  れる。今度は怒ったような顏をする。
  佐伯、何か考えると、鞄からカメラを取り出し、男Cの背に近づいて、その陰から佐伯に向
  けて構える。
  それを見て、変な顏をする矢吹。
  三回目を投げる美紀。すると今度は、空き缶の一つが見事に吹き飛ぶ。
  それを見た美紀、おどけて上体をそらし、空き缶を指さして、
  「やった」
  と喜ぶ。
  その瞬間、カメラのシャッターを切る佐伯。
  それに気づいた男C、変な顏をして佐伯を振り向く。
  しかし佐伯、そしらぬ顔で男Cから離れると、矢吹のそばへ行き、その目を見て目で笑う。
  矢吹、あきれたという顔で首を振る。
  美紀、そのあとも次々と投げる。その一挙手一投足から快活な美がほとばしる。
  (演出では、投げる間の時間は省略する)
男B「はい、それでおしまい。次は山崎」
  美紀、顏を紅潮させて、佐伯のいる場所に近づく。そして、次に投げる男Cを見物しようと
  する。
  が、佐伯、美紀に近づき、
佐伯「あの……残ってるフイルムを使ってしまいたいんで、よかったら被写体になってくれませ
 んか」
  その二人に注目している矢吹。
美紀「……(ややためらって)はあ……」
  すると、太ってる女Aが近づき、
女A「いいわ、私なってあげる」
美紀「ええ、じゃ、二人で」
  佐伯、不満だが仕方なく、
佐伯「じゃ、そこに並んで」
  と木のそばを示す。
  二人、その場所に並ぶ。
  そして佐伯、カメラを構えてファインダーをのぞいてみるが、カメラを下げると、
佐伯「やっぱり一人ずつにしよう。そのほうがいい」
女A「じゃ、どっちを先に撮るの」
佐伯「君はあとにしよう」
  女A、不満そうな表情を見せるが、仕方なくそこを離れる。
佐伯「じゃ、この辺を見て」
  と美紀に手で宙を示す。そしてシャッターを切る。
佐伯「(いそいそと)じゃ、今度はあっちへ行きましょう」
  と別の場所へ向かう。
  そのあと佐伯は、美紀の笑顔、空を見あげている横顔など三枚の写真を撮る。そのたびに十
  メートルほど移動する。
  女Aは不満の顏を露骨に表しながらも、とぼとぼとそのあとに付いてくる(移動の時間等は
  演出で省略してかまわない)。
  矢吹は初め、好奇心を持って佐伯と美紀に注目していたが、二人が遠くへ行ってしまうと、
  微笑して、まだ続いているゲームのほうを見物しはじめる。
  佐伯が四枚目の写真(最初隠れて撮ったのを入れると五枚目)を撮り終えると、
美紀「もういいですか」
佐伯「うん、どうもありがとう」
美紀「(微笑して)じゃ」
  と三十メートルほど離れている皆の方へ戻ってゆく。
  その後ろ姿を、やや恍惚(こうこつ)として眺めている佐伯。
  もういいかげん我慢できなくなっていた女A、佐伯の横に来る。
  けれども佐伯、依然として美紀の方を見ながら、
佐伯「彼女、何ていうの、名前は」
女A「え、美紀ちゃん? 美紀よ」
佐伯「美紀……何、美紀?」
女A「菅野美紀よ」
佐伯「(つぶやくように)菅野美紀……美紀……」
女A「私は吉田典子」
佐伯「で、年は?」
女A「年? 私は二十一」
  佐伯、変な顏をして女Aを見て、
佐伯「ん? いや、そうじゃなくて彼女」
女A「美紀ちゃんは二十歳よ」
佐伯「(夢見るようにつぶやく)二十歳……菅野美紀」
女A「ねえ、あなたは何ていうの」
  佐伯、再び妙な顏をして、
 「ん?」
  と女Aを見るが、どうでもいいという調子で、
 「僕は佐伯」
  と答えると、皆のいる所へ戻ろうとする。すると女A、カッとして怒鳴る。
女A「ねえ、私は撮らないの?」
  佐伯、驚いたように振り返ると、やっと思い出し、
佐伯「あ、そうか」
  と言って気のなさそうにカメラを構える。
  ポーズをとる女A。
  しかし、佐伯はシャッターが押せない。そこでカメラを調べると、微笑し、
佐伯「もうフイルムがないや」
  とフイルムを巻き戻しながら皆のいる方へ向かう。
  盛んに怒ってる女A。
  皆のいる場所に戻ってきた佐伯、やや変な顏をする。というのも、先程と異なり、彼らが何
  か奇妙なことをやっているからである。
  一列に並んだ植木の上には雪が三十センチほど積もっているのだが、その側面には男Aが手
  を押し当てて、冷たさに懸命に耐えているのである。
  佐伯が矢吹に近づくと、矢吹にはそれに気づき、
矢吹「おい、うまく撮れたか」
佐伯「バッチリさ……多分ね。(男Aを見て)何をやってるんだ」
矢吹「罰ゲームさ」
佐伯「罰ゲーム?」
矢吹「ああ、さっきのゲームで点数の悪かった者、下から三人は罰ゲームをしなくちゃならない。
 点数が下の者ほど長く雪に手を押しつけなくてはならないのさ」
佐伯「なるほど」
  と男Aを見る。
  男Bは時計で時間をはかっている。
男B「はい、あと三十秒」
女B「ねえ、もういいでしょ、かわいそうよ」
男A「だめだめ、決まりなんだから」
  男A、顏を(ゆが)めて必死に耐えている。
  それを笑いながら見ている美紀。その美紀の横顔を見つめている佐伯。
男B「はい、一分十五秒」
  男A、手を雪から離すと、脇の下に入れる。
  女B、男Aに近づき、
女B「大丈夫?」
  と、その手を自分の両手で温めてやる。
  それに注目する佐伯。
男B「じゃ、次。罰ゲームの最後は美紀ちゃん」
  美紀、驚いた顔で、
美紀「え、うそ」
男B「本当さ。四位は美紀ちゃんだよ、見てごらん」
  と雪の上に書いた点数表を示す。
  それを見に行く美紀。
男B「四位は一分だけだからたいしたことないさ」
美紀「でも……」
  と、いやな顏をする。
女B「ほら、やりなさいよ。私だってやったんだから」
  美紀、しぶしぶ植木のそばに行く。しかし、何か考えると哀願するように微笑して
美紀「四位は手袋をしたままでしましょうよ、ねっ」
男C「だめだめ、ずるいぞ」
女B「そうよ」
  美紀、仕方なく右手の手袋を取る。そして人指し指の先で雪に触れてみて、その冷たさに顏
  をしかめる。すると何か考え、チラと空の方を見やって「ん?」と何か見つけような変な顏
  をする。
  皆、その視線を追って空に目をやる。
  すると美紀、そのすきに皆の間をすり抜けて逃げ出す。
女B「あ、逃げたわ」
男A「おい、ずるいぞ」
  と皆、美紀を追いかける。
  佐伯、その美紀を見て、顏をほころばせて矢吹と目を合わす。
  矢吹、あきれたというふうに微笑して、首を左右に振る。
  美紀、雪に足を取られてころぶ。
  追いついた女Bと男Cが、その美紀の腕をつかむ。
女B「ほら、つかまえた」
男C「逃げようたってだめだよ」
美紀「(笑いながら)わかった。やるわよ、やるってば」
  と立ちあがると、ころんだ拍子(ひょうし)に付いた雪を払い、二人に石垣の所へ連れていかれる。
  もう今度は、本当にやるしかない。
  佐伯、その美紀を微笑しながら見つめている。が、突然、自分の腕を誰かにつかまれ、強い
  力で引っぱられたので、びっくりする。
  見てみると、女Aである。
女A「ねえ、ちょっと待って。この人にも罰ゲームをやらせてよ」
男C「なんでこの人が罰ゲームをやらなくちゃならないんだ」
女A「だって当然なのよ、ねえ、聞いて。さっき、この人のカメラのフイルムが余ってたから、
 私と美紀ちゃんを撮ることになったの。ところが、この人ったら美紀ちゃんばかり撮って、私
 の番になったら、もうフイルムはなくなったですって。最初から私を撮るつもりなかったのよ」
男A「そりゃ、しかたないさ。撮るほうにだって選ぶ権利がある」
男C「それにおまえの写真撮ったって、写真から体がはみ出しちゃうじゃないか」
  と両手を広げて、はみ出す格好をする。女A、カンカンに怒って、
女A「このろくでなし」
  と二人の男に飛びかかる。
  すると佐伯、それを止めに入り、
佐伯「わかった。さっきは僕が悪かった。罰を受けるのは当然だ。僕も罰ゲームに加わろう」
  と言って、チラと美紀と目を合わす。
女A「まあ、意外と素直なところもあるのね」
  佐伯、石垣に近づくと、美紀と向かい合う。
  その佐伯を驚いて見ている矢吹。
男B「いや、とんだ災難ですね。(女Aに)で、時間はどの位にする」
女A「憎らしいから二分と言いたいとこだけど、ま、いいわ、素直なところに免じて一分にして
 あげるわ」
男B「よし、じゃ、二人とも一分」
  佐伯と美紀、お互い目を合わせ微笑する。そして、佐伯が手袋を脱いだ左手を雪に押しつけ
  ると、美紀は右手を同じく押し当てる。
  時間がたつにつれ、美紀は微笑しながらも顏を歪ませて、声の混じったため息を出し始める。
  けれども佐伯は、(まゆ)一つ動かさず、かすかな笑みを浮かべて美紀を見つめ、観察している。
  やがて美紀、体をよじり、
美紀「……もうだめ、もうだめよ」
  そして、とうとう「キャッハッハ」と神経的に笑いだす。
  それを佐伯、ややサディスティックな熱い眼差しで見つめている。
  美紀、ついに耐えきれずに手を離すと、脇の下で暖め、次に口に当てると息を吐きかける。
男B「なんだ、四十秒もいかなかったぞ」
美紀「いえ、もうだめ、死んじゃうわ」
女A「大げさね」
  次に、皆、まだ続けている佐伯に注目する。
  佐伯、さすがに先ほどの平然とした顏は消え、緊張した面持ちである。
男B「はい、一分」
  しかし、なぜか佐伯はやめようとしない。
  皆、変な顏をして顏を見合わせる。
男A「もういいですよ」
男C「新記録でも作ろうっていうのかな」
  けれども佐伯、なおも続けている。
  驚いて見つめている矢吹。
  笑って見ていた美紀の笑顔も消える。
 (演出では時間の省略)
男B「……二分経過」
  しかし、佐伯は依然として手を雪に押し当てたまま、顔の筋肉をピクピク動かし、こらえて
  いる。
男A「もうやめたほうがいい。凍傷になりますよ」
  佐伯、おもむろに空を見あげる。寒空の下で、立木の(こずえ)が微風に揺れている。
  それを見つめている佐伯の一種マゾヒスティックな恍惚とした表情。
  突然、雪に押しつけている手を、衝動的に奥に突っ込む。
  矢吹、顏をしかめる。そして佐伯に近づくと、その手を雪から引き抜き、自分の両手で握る。
矢吹「もういい」
  佐伯、何か夢から()めきっていないような虚ろな目で矢吹を見る。が、視線を下げ、自分の
  手が矢吹の手に握られているのに気づくと、怒ったように手を引っ込める。
  それを、わけがわからず唖然として見ている美紀。
男B「さて、みんな、そろそろ解散しよう」
女B「そう、私もう帰らなくっちゃ」
  と皆、徐々にその場を去り始める。
  佐伯、美紀を見ると何か思いつき、その方へ行く。そして、カメラからフイルムを取り出し
  ながら、
佐伯「じゃ、これの現像お願いします」
美紀「はい。写真のサイズはどうします」
佐伯「全部サービスサイズでいいです。うまく撮れているかどうかもわからないし」
美紀「はい、わかりました。……あの、お名前は」
佐伯「……佐伯っていいます」
美紀「はあ、佐伯さんですね。……(佐伯の手を見て)あの……手は大丈夫ですか」
  佐伯、広げた手を見ながら、
佐伯「何でもないですよ、たとえ十分やったって」
美紀「(微笑して)はあ……じゃ、確かにお預かりしましたので」
佐伯「さよなら」
美紀「じゃ、どうも」
  と言って、待っていた女Aと共に去ってゆく。
  そして、その後ろ姿を見送っている佐伯に、後ろから矢吹が近づく。
  もう回りには誰もいない。
矢吹「ふむ、確かに美人だな。それは認めよう。しかし、完璧な美というのはちょっと……」
佐伯「じゃあ君の目は節穴(ふしあな)だ」
矢吹「それに僕に言わせりゃ、アフロディーテというよりキューピッドってとこだな。年の割に
 は子供っぽすぎる」
佐伯「そこが彼女の魅力さ。それがわからないのか」
矢吹「ま、いい。一度惚れこんでしまったら(めくら)も同然。何を言っても……(急に何かを思いつい
 て変な顏をし)待てよ、彼女、誰かに似てないか」
  しかし佐伯、それには答えず、何か考えると、
佐伯「矢吹、君は先に帰ってくれないか」
矢吹「(妙な顏をして佐伯を見)ん?」
佐伯「今、彼女の美を理解できない人間と一緒にいたくない気分なのさ」
矢吹「ふむ、わかったよ。一人でぶらつきながら彼女のことを考えたいんだろ。邪魔はしないよ、
 じゃあな」
  と去ってゆく。
  その矢吹を微笑して見送っていた佐伯、真剣な顔になり、あたりに目を配る。そして、先ほ
  どの石垣の所へ行く。
  そこの雪には、美紀が手を当てていた跡が、くっきりと残っている。その窪みを見つめる佐
  伯。
  しかし、向こうの方から若い男女がやってくる。
  それに気づいた佐伯、何食わぬ顔でその場から少し離れ、ぶらつくふりをする。そして彼ら
  が去ったのを確かめると、再び石垣の雪に近づく。
  そこにある美紀の小さめの手形の窪み。そこに佐伯、自分の手を押しつける。そして目を閉
  じ、その感触を味わう。次に手を離すと、その跡に唇を近づける。


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