シナリオ『アフロディーテ』 3 |
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『アフロディーテ』に戻る ○ 酒場(夜) カウンターに並んでいる男たちの中に野上(43)がいる。一人でオン・ザ・ロックを傾けな がら、チラとあたりに目を配ったりしている。が、急にある方向に視線を止める。 そこにいるのは、片隅の小さなテーブルで、同じように一人で酒を飲んでいる男だ。 青白い顏をした三十代の男で、何か思いつめたように宙を見つめている。 野上、その男が気になるらしく、しばらく観察しているが、やがてグラスを持って立ちあが ると、そのテーブルの方へ行く。 「ちょっとかけてもいいかね」 という野上の声に、その男、 「ああ」 と答える。 野上、その男の前に腰を下ろす。 これからその男を男Xと呼ぶことにする。 野上「どうも君の様子が気になってね。 男X「ふん、医者みたいな口をきくじゃないか」 野上「はは、みたいと言われても、そのものズバリさ。これでも精神科医の端くれだ」 男X、やや驚いたように野上を見、 男X「へえ、精神科のお医者さんか。それじゃ、わかるかな、俺がこれから何をしようとしてい るか」 野上「いや、精神科医といっても超能力者じゃない。君が何も話してくれないんじゃ、想像しよ うもないよ」 男X「(微笑して)ふむ、そりゃそうだな。じゃあ、ヒントをあげよう。これから俺がしようと していることはね、あんたたち医者がするのと同じようなことさ。ガンの退治だ」 野上「(変な顏をして)ガンの退治?」 男X「ああ。もっとも、ガンとはいっても社会のガンさ」 野上「ほう。……で、そのガンていうのは、何か組織か、それとも人間か」 男X「……人間……(憎しみを込めた眼差しで)いや、人間の皮を着た悪魔だ」 野上「ほう……悪魔ね」 男X「ああ、考えてもみてくれ。そういう奴が、ギャングのボスみたいに社会の裏街道を歩いて いるというのなら、まだ理解できるさ。だがそいつときたら、紳士づらして人生のメインスト リートを げたものさ」 野上「……ふむ、君はその男に相当 男X「ふん、恨みを持っているのは俺一人じゃないよ。おそらく掃いて捨てるほどいるだろう。 なにしろ奴は、人を苦しめて喜ぶ男だからな。サディストだ」 野上「ふむ……そうまで言われると、それが誰だか知りたくなるな」 男X「ああ、そいつの名前を教えてやろう。佐伯亮一っていうのさ」 野上、それを聞いて、かすかに驚きの表情を見せる。が、男Xは気づかない。 男X「とはいっても知らないだろう。会社の社長さ。知る人ぞ知る佐伯不動産のね。今、 の勢いで伸びている会社だ。ガン細胞がはびこるように」 野上「……ふむ、で、君はその佐伯亮一をどうしようっていうんだい」 男X、不気味な笑みを浮かべ、 男X「ここ三、四日の新聞をよく見とくといいよ、佐伯の死亡記事が載るから」 野上「(驚いて)……殺すつもりか」 男X、ニヤニヤして目を伏せると、黙ってウイスキーのグラスを口に運ぶ。 野上、ため息をつき、 野上「……ふむ、しかしそんなことは、やたらと人に話さないほうがいいよ。僕が佐伯の知り合 いだったらどうする」 男X、一瞬、驚いたように野上の顏を見つめる。が、すぐに軽蔑したように薄笑いを浮かべ、 男X「ふん、くだらない」 野上「実は、あした佐伯社長に会いに行く予定だ」 男X「(きつい表情になる)つまらん冗談はよせ」 野上「冗談じゃないよ。もっとも、佐伯社長の知り合いというわけじゃない。二十年ほど前に少 し会ったことはあるが、どんな人物だったかはほとんど記憶にない。とにかくあの会社に用が あるんでね」 男X、青くなっている。 野上「しかし、心配はいらない。僕は君の敵でも味方でもないから。ただ、忠告しておく。馬鹿 な計画を持ってたら、即刻、中止することだ。身の破滅を招かないうちにな」 男X「……」 (O・L) ○ 佐伯不動産・ロビー 入口から野上が入ってくる。あたりを見回すと、受付へ行く。 野上「あの、ちょっと総務課へ連絡してもらいたいんだけど、ペルセポネー病院から派遣された 受付嬢「はい、少々お待ちください」 と電話する。 入口から矢吹が入ってくる。受付の前を通りすぎようとして、はっとして立ち止まり、野上 を見つめる。そして笑みを浮かべると、野上に近づき、その肩をポンとたたく。 野上、変な顏をして振り返る。が、矢吹を見ると、同じく 矢吹「いやあ、まさかと思ったが、やっぱり君か」 野上「ああ、まぎれもなく僕さ。君も 矢吹「そう言う君だって同じさ。やあ、一体何年ぶりかな。この前会ったのが、十年……いや、 九年前だな」 野上「ああ、そうさ」 矢吹「……しかし、一体何の用で来たんだ」 野上「もちろん仕事でさ。君の会社の嘱託医として来た」 矢吹「へえ、君が……」 受付嬢、受話器を持って困っている。 受付嬢「……あの、すいません、総務課のほうは?」 矢吹「あ、彼は僕の所にいるって言っといてくれ」 受付嬢「はい」 矢吹「(野上に)さあ、一緒に来てくれ」 二人、エレベーターの方へ行く。 ○ 同・エレベーターの中 乗っているのは、矢吹と野上だけである。 矢吹「しかし君のような名医が、こんな会社の嘱託医に来てくれるとは恐縮だな」 野上「いや、実は一週間だけなんだ」 矢吹「一週間だけ?」 野上「うん。前にうちから派遣していた医師が、期限が来たので帰って来た。ところが次に派遣 する予定の医師が、都合で一週間あとじゃなくちゃ行けなくなったんだ。だからその間だけ、 僕が行くことにした。君にも会いたかったしな」 エレベーターが止まり、ドアが開く。 ○ 同・六階の廊下 矢吹と野上、エレベーターから出て来て、専務室の方へ歩きながら話す。 矢吹「しかし、君の専門は精神科だろう?」 野上「ああ、しかし内科の心得も少しはある。それに、今、会社の医務室に必要なのは、内科よ りむしろ精神科の医者さ。サラリーマンのノイローゼや 体の病気だってストレスが原因のものが多くなっている。胃病、高血圧、心臓病、皆そうさ」 ○ 同・専務室 矢吹と野上、入ってくる。 矢吹「まあ、かけてくれ」 二人、腰を下ろす。 野上「とにかく、この一週間で、この会社の社員全員の健康診断をしたいと思っている。精神科 医としてね」 矢吹「はは、それはけっこうだが、時間的にちょっと無理なんじゃないかな。ま、とにかく、よ ろしく頼むよ」 が、野上、急に何か思いつくと、顔を曇らせる。 野上「ところで矢吹、今、佐伯社長はいるかい」 矢吹「いや、今、散歩に出てるところだ」 野上「散歩?」 矢吹「ああ、彼が言うには、散歩しているときが、一番経営上のアイデアが浮かびやすいという ことさ」 野上「ふむ……なるほど。実はゆうべ、酒場である男に会ったんだ。その男が偶然、佐伯社長 の話をしてな……それによると、彼の評判はあまり とったとしても、かなりひどい人間のようだな」 矢吹「(やや険しい表情)ふむ」 野上「その男は、何か社長に個人的な恨みを持っているらしい。彼を殺しかねないようなことを 言ってたぞ」 矢吹「(やや驚いて顔を上げる)……」 野上「本気かどうかはわからんが、とにかく気をつけたほうがいい。一人で散歩に出るなんての は危険だからな」 矢吹「……それはどんな男だった?」 野上「ふむ……三十代前半の痩せてて青白い顏をした男さ」 矢吹、少し考えると、何か思いつき、 矢吹「……もしかすると、あの男かもしれない」 野上「あの男って?」 矢吹「今からかなり前の話だが、佐伯をひどく侮辱した男がいた。すると佐伯は、その男にこう 言ったのさ、『必ず の弾みで言ったんだと思ったし、その出来事自体も、すぐに忘れてしまっていた。ところが、 それから七年後、つまり去年、復讐は達成された。その男が勤めていた会社を、あらゆる手段 を使って会社ごとつぶしてしまったのさ」 野上「まさか……いったい、その会社やほかの社員に何の罪があるっていうんだ」 矢吹「そりゃあそうさ。しかし、そんな常識が通じる人間じゃない」 野上「(考え込む)うむ……」 矢吹「もっとも、もしかしたら別の件かもしれんが……」 野上「(驚き)まだほかにも似たようなことがあるのか」 矢吹「うん?……うん、まあな」 野上、ため息をつき、 野上「ふむ……確かに、そういう人間はこの世に珍しくないかもしれない。ただ、僕が信じられ ないのは、君のような人物がそうした悪魔的人間の右腕で、しかもただ一人の親友だというこ とさ」 矢吹「皆、そう言うさ。しかし誰も知らないんだ、本当の佐伯を」 野上「本当の佐伯?」 矢吹「ああ。彼だって元からああいう人間だったわけじゃない」 野上「……というと?」 矢吹、おもむろに立ち上がると窓際へ行き、外へ視線を向けながら、 矢吹「彼が今みたいな人間になったのは、自殺を図ったあとのことさ」 野上「(顏をしかめ)自殺?」 矢吹「ああ」 野上「それはまた、いつのことだい」 矢吹「……もうかれこれ二十年前になるかな」 野上「というと、この会社ができる前か」 矢吹「ああ、そうさ」 野上「しかし、どうして」 矢吹、野上の方に向き直り、 矢吹「君には想像もつかない理由さ。ただそのこと、つまり自殺未遂のあとに生じた性格の変化 が、皮肉にも彼の企業家としての天才性を発揮させた。今ここにこのビルがあるのも、元はと いえば、そのためだ」 野上「……うむ……ちょっと信じられないようなことだな」 矢吹「ああ、そうさ……知らない人間には」 野上「(考え込んでいる)……」 矢吹、腕時計を見ると、 矢吹「じゃあ、ちょっと仕事があるから僕は行く。君はくつろいでいてくれ。総務課の者をよこ すから」 とドアへ行く。 野上「しかし……」 矢吹、ドアをあけかけるが、野上を振り返り、 矢吹「ん?」 野上「しかし、結果的には、佐伯亮一は幸福を得たわけだ」 矢吹「彼が幸福だって?」 野上「……じゃないと言うのかね」 矢吹、答に迷うが、 矢吹「……知らんね」 と言うと、外へ出てゆく。 野上、再び考え込む。 ○ 裏通り 佐伯が何か物思いにふけりながら歩いてくる。が、急に顔を上げて立ち止まる。 前方からやって来た黒い車が佐伯の前に止まったかと思うと、中から二人の黒ずくめの男た ちが降りてきて、佐伯を両側から ギャングA「佐伯さん、すいませんが、ちょっと一緒に来てもらえませんか」 佐伯、特に驚いた様子もないが、不快そうな顏をし、 佐伯「おまえ達に用はない」 ギャングB、ピストルを取り出すと、佐伯の胸に突きつける。 ギャングA「ほんの少しの時間です。お願いします」 佐伯、黙っている。 二人の男、佐伯の両腕をそれぞれつかむと、車へ連れてゆく。そして、とくに抵抗しようと もしない佐伯を、後部座席に乗せる。 ○ 車の中 二人のギャング、佐伯の左右に乗り込み、車は走り出す。 ギャングたちは無言で前方を見つめている。 佐伯、やはり不快な表情をしながらも、さして動揺した様子もなく、同じく黙りこんでいる。 ○ 淡口邸・応接間 ギャング・淡口ファミリーの本拠地、淡口邸。その中の応接間は、豪華だが、さほど広くは ない。ドアがあき、佐伯がギャングCに連れられて入ってくる。 椅子にかけていた淡口、 「よく来てくださいました、佐伯さん。さあ、どうぞおかけください」 佐伯、黙って腰を下ろす。 ギャングCは立ったまま部屋の隅にいる。 淡口の顔は、この映画が終わるまで写さない。ただ、その落ち着いた声と後ろ姿から、五十 代の男であることが想像できる。また、その脇には、馬の頭部をかたどった金属製の握りの 付いたステッキが立てかけてある。歩くときはそれを使い、びっこを引くのである。 佐伯はこの部屋でも、やはり恐れや怒りの表情を見せず、落ち着いている。ただ、いつもの ように何か不快げな、不満そうな表情をしているだけである。 佐伯の前にコーヒーが置いてある。 淡口「うちの自慢のコーヒーです。どうぞ召し上がってください」 佐伯、チラとそのコーヒーと淡口を見くらべると、砂糖も入れずにカップを手に取り、二口、 三口飲む。 それを、じっと見ているギャングC。 淡口「いかがですか」 佐伯「悪くない」 淡口「それはどうも恐縮です。しかし、あなたも勇気ある人だ。その中に毒が入っているかもし れないのに」 しかし佐伯は、鼻先でフンと笑う。 淡口「消火器をよけなかったときと同じ心境ですかな」 佐伯、やや驚いたように淡口を見る。 淡口「あなたもすでにこのことはご存じだろうが、ホテルニューパエトーンから私は依頼を受け た。あなたの乗っ取りを阻止してくれとね。だが、この問題はそう簡単なことじゃない」 淡口、ステッキを使って立ちあがると、びっこを引きながら佐伯のそばへ行く。壁には、は め込みの鏡があり、そこに佐伯の姿が映っている。 淡口「あなたは決して殺人の脅しなどに屈する人じゃないし、どんないやがらせや圧力も、むし ろあなたの闘志をかきたてることにしか役立たないだろう。しかし、あなたにもきっと弱点が ある。そう思って徹底してあなたのことを調査した。ところが、どの方向から調査しても、大 きな壁に突き当たる。調べれば調べるほど、あなたは不可解な謎に包まれた人物となった。 (鏡の方へ歩きながら)しかし、その結果、私はあなたという人間に、ひどく興味をかきたてら れた。単に冷酷な金の ○ 同・隣の小部屋 応接間の鏡はマジックミラーになっていて、こちらから中の様子が見える。声はスピーカー から聞こえてくる。 マジックミラーの前に男Xが立っていて、応接間をのぞいている。 淡口の後ろ姿が目の前にあり、向こうに佐伯が腰を下ろしているのが見える。 男Xのやや後ろには、ギャングDがいて監視している。 淡口の声「信じられないかもしれんが、私は若いころ哲学者をめざしていた。それがまかり間違 ってギャングのボスになってしまった。あなたはおそらく芸術家になるべき人だった。それが 実業家、それも最も創造性に乏しい業種の経営者になってしまった。どんな大実業家の功績も、 歴史の大きな流れの中では影が薄れてしまう。しかし芸術なら、 びることも可能だ。あなたがもし芸術家になっていたら、その苦しみのうち、おそらく半分は 解消できただろうに」 佐伯、再びやや驚いたように淡口を見る。 淡口、椅子の方へ向かう。 ○ 同・応接間 淡口、腰を下ろす。 淡口「ヒットラーは画家になりそこねたため、世界を不幸に陥れた。我々も、スケールこそ違う が、同類だ。だから、きょうあなたをお呼びしたのも、私の宣戦布告を伝えると同時に、あな たへの親愛の情を表すためでもあるのです」 ○ 同・隣の小部屋 佐伯を凝視している男X。 淡口の声「あなたと私は、いずれ全面的に対決しなければならない、そんな運命であるような気 がする。しかし……」 ○ 同・応接間 淡口「……きょうはどうでしょう。初体面のことでもあるし、もしよかったら私に何かヒントで も与えていただけないかな、あなたの秘密に関して」 しかし佐伯、腕時計を見ると、 佐伯「二時半から会議がある」 淡口「……ふむ、そうですか、それは残念ですな。(ギャングCに)社長を会社までお送りしろ」 佐伯、立ちあがる。 淡口「では、ごきげんよう」 佐伯、ギャングCがあけたドアから出る。ギャングCも続いて出てゆく。 隣の小部屋から男XとギャングDが出てくる。 男X「どうして生かしたまま帰した」 淡口「彼を殺すのは我々の目的じゃない。殺したら元も子もなくなる」 男X「じゃあ、俺の依頼は聞いてくれないのか」 淡口「君が我々に支払うという金額など 男X「(変な顏をして)何?」 淡口「これは我々の調査の途中でわかったことだが、ある日、佐伯社長は街中を歩いていた。す ると突然、ビルの屋上から消火器が落ちてきた。古いのと交換するために置いてあったのが、 転がったためらしい。しかし、落ちると同時に屋上にいた人間が叫んだので、人々は四方へ飛 び散った。ところが佐伯社長だけ、その消火器を見つめたまま微動だにしなかったという。消 火器が彼の肩すれすれに落ちると、彼は悲しそうな顏をしてその場を去ったということだ」 男X「ふん、惜しいことをした。そのときうまくあの頭をぶち割っていれば、世の中がもっと明 るくなったのに。……おそらく恐怖で足がすくんで、動けなかったんだろう」 淡口「いや、それでも反射的に体をよけるはずだ。彼がそうしなかったのは、死を望んでるから だ。さっきコーヒーを平気で飲んだのも、同じ理由さ。大きな苦しみが長い間続くと、自殺を しないまでも、偶然の死がその苦しみから救ってくれないかと無意識的に願うようになるものだ」 男X「はは、奴が一体、何をそんなに苦しんでるっていうんだ。今までしてきたことの良心の に責められているとでもいうのか」 淡口「いや、それはわからない。しかし、その秘密がわかれば、おそらく我々は勝利をおさめる ことができるだろう」 男X「ふん、ま、どうでもいいさ。奴が死にたいと思っていようといまいと。とにかく奴をこの 世から消し去ることが、世の中のためなんだ。もう、あんたには頼まないよ」 淡口「……我々の仕事の邪魔は、しない方がいいと思うが……」 男X「ふん、そんなことは知ったこっちゃない。俺は自分のしたいようにする。ただ、はっきり 言っとく。奴によって自殺に追い込まれた人間は、一人や二人じゃない。だから、これは殺人 じゃないんだ。正当な処刑さ」 そう言うと男X、出てゆく。そのあとにギャングDが付いてゆく。 (O・L) 『アフロディーテ』に戻る シナリオ『アフロディーテ』4に進む このページのトップに戻る |