シナリオ『アフロディーテ』 19 |
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『アフロディーテ』に戻る ○ 同・屋上 もう至る所に佐伯の血の跡がある。佐伯、多量の出血で半ば意識がはっきりしない状態にな りながらも、何かに とんど相手には当たっていない。 佐伯、別の場所に移動しようとするが、突然雪の上に跪くと、両手を前に突いてしまう。そ れでも気をしっかり持とうとして、目を見開いてあたりを見回す。しかし、怪物像がかすん で見える。次に、自分の手を見てみる。が、ぼやけている。徐々に意識が失われていくなか で、佐伯、半ば無意識に右手の手袋を脱ぐ。そして、本能的にその手を雪に押しつける。 すると、目を閉じた佐伯の脳裏に、二十年前の美紀の姿がありありと浮かんでくる。 ○ 美紀の思い出 公園で、投げた雪つぶてが外れ、怒ったような顏をする美紀。 路面電車に笑顔で近づいてくる美紀。 公園で、人指し指で雪に触れ、その冷たさにいやな顏をする美紀。 通りで、「何かの因縁かしら」と言って小首をかしげる美紀。 等々……。 そして最後に、公園で、雪に押し当ててた手を引っ込め、脇の下で温めたあと息を吐きかけ る美紀(スローモーション)。 が、突然、響き渡る銃声(美紀の姿、ストップモーション)。 ○ 寺院・屋上 佐伯、その銃声にハッとして我に帰り、目を見開く。次に、驚いたようにあたりを見回すと、 屋上の出口に目を止める。そして事態を察知し、驚愕する。ピストルを手に取り、出口を見 つめたままゆっくりと立ちあがると、恐る恐るその方へ近づいてゆく。 すると、出口のドアが少しあき、銃口がのぞいて火を吹く。 佐伯、足を撃たれて倒れる。 ドアが大きく うとする。 が、その前に佐伯が発砲し、男は腹を撃たれて倒れる。 佐伯、必死に立ちあがると、撃たれた足を押さえ、びっこを引きながら建物の中に入る。 ○ 同・屋上・出口 入ってきた佐伯、愕然として床を見下ろす。そこには、胸を撃たれた美紀が倒れ、苦しんで いるのである。 佐伯、ガックリと床に跪くと、目に涙をため、どうしていいかわからず、美紀を見下ろしている。 外で男の呻く声がする。まだ生きていたのである。 佐伯、ハッとしてその方を振り向くと、目が怒りで燃える。ドアの取っ手に手をかけてヨロ ヨロと立ちあがると、屋上へ出てゆく。 ○ 同・屋上 仰向けに倒れ、苦しんでいる男。やってきた佐伯、男に銃口を向ける。 男、恐怖でなおさら顔がゆがみ、哀願するような声を出す。 ○ 同・屋上・出口 壁のキリストの小像。それにかぶさって外の銃声が何発も聞こえ、そのあとに弾がなくなっ た銃の引き金を引くカチャカチャという音が続く。 少し間を置いて、入ってくる佐伯。再び美紀のそばに寄り、虚脱状態で見つめている。 突然、銃声と共に近くの壁に弾が当たる。 佐伯、ハッとして階段の方を振り返る。別のギャングがやってきたのである。佐伯、上着の 内ポケットからピストルを取り出すと、男に向けて発砲する。 階段を途中まで登ってきていた男は、その弾に当たり、階段をころげ落ちる。 さらにそのあとから別の男が現れる。が、その男もすぐに佐伯の銃弾に倒れる。 佐伯、次にやってくる男に備え、銃を構える。 が、なぜか急に、自分の上着の右の袖が引っぱられるのを感じる。見てみると、美紀が苦し まぎれに引っぱっているのである。 すると佐伯は、急に腕の力が抜けてしまったように、銃を持った手を下げる。そうすると美 紀の手は、袖を徐々に佐伯の手の方に伝わる。そして二人の手が触れたとき、佐伯は指先の 力が抜けてしまい、銃は佐伯の手を離れ、床へ落ちる。 美紀の血の付いた手と、佐伯の花瓶のガラス片で傷ついた手とが、しっかりと握られる。 すると佐伯、もはやギャングのことなど忘れてしまったように、それを感動を持って見下ろ している。 突然、銃声と共に、銃弾が佐伯の体を突き抜ける。 その瞬間、美紀の手を握った佐伯の手にギュッと力が入る。 ドサッと床に倒れる佐伯。 しかし、二人の握られた手は、まだ動いている。 ○ マリア像の手 カメラ、手のアップからゆっくりと後退し、マリア像全体を写す。 遠くから数台のパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。 (O・L) ○ 寺院の前 停車している多くのパトカーと救急車。負傷したギャングを をかけられたギャングたちをパトカーに乗せる警官。そして、行き来する彼らに大声で指示 を与える上官。しかし、その声も、次々に発車し、また到着するパトカーや救急車のサイレ ンの音で、かき消される。 佐伯の射撃を受けた数台のギャングの黒い車は、ほとんどガラスが割れ、タイヤはパンクし、 車体は穴だらけである。さらに、入口近くの壁には、激突した車がそのままになっている。 数多くのギャングの死体は、まだ地面に放置されたままで、白い布がかけられているだけで ある。それらの布や白い雪が、パトカーや救急車の赤ランプの光を反射している。 まさにあたりは騒然としていて、足の踏み場もないような状態である。 矢吹の車が到着する。 運転してきた矢吹と、ここまで付いてきた助手席の星は、車の中から愕然としてあたりを見 回す。 が、二人、おもむろに外に出ると、寺院へ近づこうとする。 しかし、その二人を警官が制止する。 警官A「誰ですか」 矢吹、少し間をおいて静かに、 矢吹「……佐伯の友人の矢吹だ」 それを聞いて星、やや怪訝な顏をし、 星 「佐伯不動産専務、いや、社長代理だ」 警官A「ちょっとお待ちください」 と寺院の方へ行こうとする。 矢吹、その警官の腕をつかみ、 矢吹「佐伯は無事か」 警官A、一瞬、何と答えるべきか迷うが、 警官A「少々お待ちください。今、署長を呼びます」 と寺院の方へ行く。そして、ちょうど寺院から出てきた署長に何か話している。 それを心配そうに見つめている矢吹。 署長、矢吹の所へやってくる。 署長「署長の倉本です」 矢吹「佐伯は無事ですか」 署長「(一瞬、目を伏せ)……お気の毒です。お二人ともお亡くなりになりました」 矢吹、込み上げてくる感情を抑える。 署長「……社長のご家族は?」 矢吹「……いえ、家族はいません。……彼は一人です」 署長「はあ……では、ちょっとお話ししたいことがあるのですが……」 とチラと星を見る。どうやら、星がいてはまずい話のようである。 矢吹「は?」 署長「ちょっとこちらへ」 と離れた所へ向かう。 矢吹、妙な顏をしながらも、あとに付いてゆく。 残された星、怪訝な顏をして、その二人を見つめている。 皆から離れた所にやってくると、署長、矢吹に向かい、 署長「これはちょっとお話ししにくいことなのですが……」 矢吹「(怪訝そうに)何ですか」 署長「実はその……困ったことが起きたんです。どうしても離れなくて……」 矢吹「(変な顏をして)離れない?」 署長「はい、その……お二人の遺体が抱き合ってて、どうしても離れないんです」 矢吹「……二人って……佐伯と……原田さんですか」 署長「はい、そうだと思います。まだ硬直が始まるほど時間は立ってないんですが、引き離すこ とがどうしてもできなくて……」 矢吹「(愕然としている)……」 署長「……とにかく一応、確認をお願いします」 矢吹「……はあ……」 署長「もっとも、もうすぐ引き離すことのできる人間が来ますので」 矢吹「?……」 署長、寺院の入口に向かう。 そのあとに矢吹も恐る恐る付いてゆく。 その矢吹の前を、警官や、担架に載せた死体を運ぶ救急隊員が横切る。 署長に続いて矢吹、寺院の中に入る。 ○ 同・礼拝堂 入ってきた矢吹、驚いたようにあたりを見回す。バリケードに使われた机や椅子が散乱して いるからである。 中へ進むと、奥の方から担架に載せられ布のかけられた死体が、警官たちに運ばれてくる。 矢吹、険しい顔でそれを目で追っているが、さらに奥へ進むと、急にハッとして立ち止まる。 マリア像に気づいたのである。矢吹、それを見つめながら、吸い寄せられるように近づいて ゆく。そしてその下に立つと、二十年ぶりに見るこの不思議な像を、感慨深げに凝視している。 が、自分を怪訝そうに見ている署長に気づくと、そのあとに付いて階段へ向かう。 そして、マリア像にかぶさって、矢吹の声でナレーション。 N「それから私は、署長に付いて階段を登って行った。しかし、その一段一段の足どりはひどく 重く、また、上へ行くまでの時間は、信じられないほど長く感じられた。正直言って、私は二 人の死体を見るのが恐かった。何か想像もできないようなことが起こる予感がしたのである」 ○ 同・三階の廊下 署長に続いて矢吹がやってくる。そして屋上への階段の前に来ると、矢吹は壁の弾痕に目を 止める。 そして、いよいよ屋上への階段を登り始める。 ○ 同・屋上・出口 やってくる署長と矢吹。 矢吹、凍てついた顔で床を見下ろす。(二人の死体は写さない) N「それは確かに佐伯と美紀だった。署長の言ったとおり、二人は抱き合ったまま横たわってい た。しかし、その表情は穏やかで、とても死んでるようには見えなかった。特に佐伯は、かえ って生きていたときより生気に満ちているような感じだった。やがて、その理由がわかった。 それは、彼が生きていたときには決して見られなかった『幸福の表情』だったのだ」 矢吹、階段を登ってくる靴音に、その方を振り向く。 それは、二人の二メートル近い 署長、矢吹に、 署長「遺体を乱暴に扱うことを許していただけますか」 矢吹、二人の死体を見ると、つぶやくように、 矢吹「……こんな姿を彼女の夫に見せられないでしょう」 署長「(警官たちに)骨を折ってもかまわん。とにかく引き離せ」 二人の警官「は」 警官たち、死体のそばにかがむ。 矢吹、それを正視するのが耐えられないのか、死体から目をそらすと、キリストの小像を見 る。が、再びおずおずと二人の死体に視線を戻す。 N「二人の警官はそれぞれ片方の死体をつかみ、 ○ マリア像 礼拝堂のマリア像に重なって矢吹のナレーション。 N「しかし、それでも初めのうちは、全く離れる様子がなかった。やがて、署長も加わって、三 人で懸命に引き離そうとした。その力にはさすがに、佐伯の体に回した美紀の腕が離れそうに なった。その時である。突然、二人の死体は砂となって崩れ落ち、混ざり合い、永遠に引き離 すことができなくなった」 (O・L) ○ 崩れ落ちる白い砂 終 『アフロディーテ』に戻る このページのトップに戻る |