シナリオ『アフロディーテ』 11 |
||
HOME(トップページ) メッセージ 私のプロフィール メール・コピー等について サイトマップ SABOの東京名所写真 |
『アフロディーテ』に戻る ○ 同・階段 塚田が登ってくる。上から誰かが降りてくるので、見あげると佐伯である。 佐伯、 佐伯「やあ、おはよう。きょうは実にいい天気じゃないか」 と言いながら、塚田が答える暇もなく、スタスタと下りていってしまう。 呆気にとられている塚田。 ○ 同・矢吹の部屋 ベッドでコーヒーを飲んでいる矢吹。 ドアがノックされる。 矢吹「はい」 ドアがあき、塚田が顏を出す。 塚田「やあ……もうできたか、タキシードは」 矢吹「ああ、入れよ」 塚田、中に入る。が、変な顏をして何か考えているので矢吹、 矢吹「どうしたんだ、朝っぱらから浮かない顏をして」 塚田「いや、今そこで佐伯に会ったんだけど、なんだかいつもと様子が違うんだ。変にうきうきして」 それを聞いた矢吹、少し考え込み、 矢吹「ふむ……そうか」 塚田「いったい何があったんだ」 矢吹「いや、何かあるのはこれからさ。会いに行ったんだ、彼女に」 塚田「彼女って……例のアフロディーテか」 矢吹「ああ……夕べのことだけどな、奴を励ましてやったんだ。とにかく劣等感に凝り固まって 意気消沈してたんでな。彼女をなかば神格化して、自分では釣り合わないと思ってる。だから 赤い糸とかなんとか言って……」 塚田「(矢吹の言葉をさえぎり)赤い糸?」 矢吹「うん、ま、とにかく奴と彼女はもともと結ばれる運命だとかなんとか説明したのさ。自信 を持たせるためにな。ところが、そしたら今度は逆にそれをすっかり信じこんで、 っちまった。……(ため息をつくとコーヒーカップを持って立ちあがり、テーブルの方へ歩き ながら)奴と知り合ってからもう二年以上になるけど、どうもあの性格はまだよくわからんな、 複雑なんだか単純なんだか」 とテーブルの前に腰をおろす。 塚田「ふん、変人なんてそんなものさ」 と矢吹の前に腰かける。 矢吹「ただ、ちょっと心配なんだ。あんまり幸福を信じこんでたんでな。もしだめだった場合、 ショックが大きいからな」 塚田「(冗談に)自殺でもするかな」 矢吹「(本気で)……かもしれない」 塚田、気おされるが、 塚田「……そう深刻に考えることはないんじゃないか。初恋なんてのは な」 矢吹「……ああ……しかし年取ってからの麻疹は重い。場合によっては命取りになる」 塚田「……」 矢吹、塚田の方へ体を乗り出すと、その目を見つめて真剣に、 矢吹「塚田、この恋はどうしてもかなえさせてやりたい。女嫌いだった奴が気違いみたいに てるんだ。奴を幸福にしてやりたい」 塚田、矢吹の熱意に圧倒されて、何も言えない。 が、矢吹、ため息をつくと立ちあがり、洋服ダンスへ向かう。そして中からタキシードを取 り出すと、塚田の所へ持ってゆく。 矢吹「着てみろよ」 塚田「ああ」 と受け取る。 塚田がズボンをはきかえている間、矢吹は椅子に腰をおろし、佐伯のことを考えている。 「おい、こついはいいや、ぴったりだぜ」 という塚田の声に矢吹、気のなさそうにその方を見る。 矢吹「ああ、そうだな、いいじゃないか。上着も着てみろよ」 塚田「ああ」 と上着を脱ぐ。 矢吹「式はいつなんだ」 塚田「来月の八日さ」 矢吹「ふむ……ジューンブライドか」 塚田、上着を着ると、鏡の前へ行く。 塚田「俺の高校のときの友達なんだ。なんか聞くところによると、そのフィアンセっていうのは、 すごくかわわい 矢吹、変な顏をして塚田を見る。 矢吹「デザイナー学院?」 塚田「ああ」 矢吹、一瞬気にかけるが、思いすごしだと思い、コーヒーカップを口元に持っていく。が、 やはり気になると見え、カップをテーブルに置くと、ためらいがちに塚田にたずねる。 矢吹「……塚田、それで、そのフィアンセってのは、何て名前なんだ」 塚田、変な顏をして矢吹の方を見る。 塚田「ん?……いや、名前はちょっと覚えてないけど……どうしてだ」 矢吹「……いや……その、ちょっと、いやな予感てやつさ」 塚田「(変な顏をして)ん?」 が、塚田、何か思いつき、 塚田「あ、そうだ、そういえば招待状があったな。あれに名前が書いてあったよ」 矢吹「で、その招待状ってのはどこにある」 塚田「ええと、あれは……(微笑して)あ、そうだ、そこだよ。(上着を示し)上着のポケット に入ったままだった」 矢吹、椅子にかけてある上着のポケットから招待状を取り出す。開いて見る。 引きつる矢吹の顔。おもむろに立ちあがると、何か自分の目が信じられないという表情で招 待状を見つめている。しだいに呼吸が荒くなり、いらだたしげにあたりに視線を泳がす。そ して突然、テーブルの足を思いきり蹴飛ばす。 コーヒーカップが倒れ、テーブルの上に飛び散るコーヒー。 驚く塚田。 矢吹「(叫ぶ)ちくしょう、運命は奴をからかってたんだ」 ○ 公園の側の道 佐伯がやってくる。立ち止まってあたりに目を配ると、上着のポケットから一枚の写真を取 り出してながめる。もちろん、美紀の写真である。 が、公園の入口から出てきたアベックが、彼の側を通りすぎながらチラと写真をのぞく。 佐伯、写真を見られないようにかかえると、公園の中に入る。 ○ 公園 木々が茂っている所に佐伯、やってくる。そして、再び写真をいとおしげに眺めている。お もむろに顏をあげると、前方に目を止め、ハッとする。 十数メートルほど離れた所に一人の女性が立っているのである。 その方に佐伯、数歩近づく。間違いなく美紀である。佐伯、写真と美紀を見比べると、微笑 して彼女に近づいていこうとする。 と、急に美紀はある方向に何かを見つけ、満面に笑みを浮かべる。 佐伯、その方向に視線を向けると、一人の男がやって来るのである。男、美紀に近づく。 佐伯、木の陰に身を隠すと、動揺して二人をのぞいている。 二人、身を寄せて楽しげに話している。 男、美紀の肩を抱くと、歩き始める。 無表情で目を伏せる佐伯。 草の上に落ちている美紀の写真。 (O・L) ○ 同じ写真 純金製のシガレットケースに入ったその写真は、やや黄ばんでいる。 それを持っている手は、佐伯の手……四十五歳の佐伯である。そして、二十年前の公園での 暗い絶望の表情がそのまま凍てついてしまったような、それを見つめているその顔。 ここは回想前と同じく、彼の車の中である。 ○ 通りを走る佐伯の車 もう雪はやんでいる。 ○ 後部座席 シガレットケースを上着の内ポケットにしまう佐伯。 佐伯、受話器を取ると、運転手と話す。(運転席との間は、電動式の上下するガラスで仕切 られている) 佐伯「ついでにウェスタ建設に寄ろう」 運転手の声「はい」 佐伯「待てよ、あそこはきょうは休みじゃなかったな」 ○ 運転席 運転手「はい、第三土曜はやってます」 スピーカーから聞こえる佐伯の声。 「うむ」 ○ 交差点の近く 佐伯の車、一つのビルの前に止まる。 ○ 車の中 運転席との間のガラスが下がり、佐伯は運転手に書類の入った袋を手渡す。 佐伯「これを八木経理部長に渡すように」 運転手「は」 運転手、出てゆく。 再び運転席との間のガラスを閉じる佐伯。 一人になった佐伯、雪の積もった街角を眺めながら、再び物思いにふけっている。しかし窓 ガラスは曇っていて、外ははっきりとは見えない。佐伯、右手の人指し指で下唇をこすると、 その指でウインドーに文字を書く。 『美紀』 そして、しばらくそれを見つめているが、やがて が、それを消した所はガラスの曇りが取れて、外がよく見える。カメラ、そこに近づくと、 次々と通りすぎるチェーンを巻いたタイヤが見えてくる。そして、そのジャラジャラという 音が、妙に強く佐伯の耳に飛び込んでくる。 何か奇妙な感覚にとらわれ、変な顏をする佐伯。その窓ガラスに近づくと、ウインドー全体 の曇りを手でぬぐい、外をながめる。 上を見ると、変わる信号。 下を見ると、チカチカ点滅する車の尾灯。 佐伯、座席の中央に戻る。何か霊感のようなものが襲ってきているのだ。 ひどく動揺している佐伯。今度は歩道側のウインドーに近づくと、その曇りを拭い、行き来 する人々を見る。その足、足、足。 再び座席の中央に戻る。 が、また歩道側のウインドーに目をやる。七歳ぐらいの二人のかわいらしい男の子が、この 車の中をのぞいて見回しているのである。どうやらロールスロイスが珍しいらしい。 しかし、佐伯と目が合うと、その異様な形相に射すくめられたようになる。そして、身を翻 すと、逃げ出す。 佐伯、突然、通りの向こう側の歩道の一点を凝視する。そこには新聞、雑誌を売っている露 店があり、一人の婦人が雑誌を買っている。しかし、見知らぬ女性だ。 そして、その女性がどくと、その向こうに順番を待っていたもう一人の女性の横顔が現れる。 それは、まぎれもなく美紀だ。もう四十歳になっているはずだが、三十ぐらいにしか見えな い。美紀、雑誌の代金の釣を受け取ると、そこを去る。 ……激しい感動と動揺にとらわれている佐伯。 ○ 車の外 運転手、やって来て、運転席に乗る。 ○ 車の中 運転手、車を発車させる。そしてチラとバックミラーで後部座席を見る。 そこには誰もいない。 ○ 表通り ブレーキをかけ、歩道のそばに急停車するロールスロイス。 中の運転手、あわてて後ろを振り返っている。 (休 憩) 『アフロディーテ』に戻る シナリオ『アフロディーテ』12に進む このページのトップに戻る |